「写真」のこと(第一夜のおまけ)

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そんな頃の、今でも忘れない記憶。

ヤシカMF35

 こいつの話です。

当時は、どこで聞いたのか「ヤシカフラッシャー」なんて呼んでたりしてましたが、違うカメラですね(ウチの白鬼に怒られそうですが…) しかし、その響きはなんとなく懐かしい気がします。

いきなり話が変わりますが、そー言えば、こんなのもウチにありました。

ヤシカエレクトロ35

 

「ヤシカ エレクトロ35(GS?)」みたいです。こっちの方が古いですか。 これは、今年始めに亡くなったうちの大叔母(101歳で大往生!)が持っていたものです。

そー考えると、意外とカメラに囲まれてたんだなぁ、と今更ながらに実感したりします。

この大叔母(主題が変わっとる…;)ですが、ま~豪快な婆さんでした。生涯独身にして、長唄(三味線?)のセンセイ。 90歳台の頃、青春18きっぷで四国まで一人旅に出かけて、「昨晩はユースホステルの支配人と喧嘩して飛び出しちゃいました!」なんて手紙よこすような(その後どうなったかは未だ不明ですが当時は元気に帰京しました…)、ま、家族は「妖怪」と呼んでましたが、この大叔母の話はまた機会があれば書きます。

で、上記のヤシカフラッシャー改め、ヤシカ35MF。

あ、ちなみに、二台ともWikipediaの「ヤシカのカメラ製品一覧」に登場してるのはちょっと嬉しかったりします。

で、いよいよ本題。

その、ヤシカ35MFを恥ずかしそうに抱えながら、前出の友人と鉄りに(電車の写真を撮りに…;)行った時のこと。今でも忘れない、多分田端駅の西日暮里寄りのホーム先端だったと思います。

友人は、望遠レンズの付いた一眼レフカメラ「ペンタックススーパーA」を、黒字に赤のPENTAXの文字も眩しい別売りストラップで首から下げていました。

一方の自分は、ただのばかちょんカメラ。

ケースに入れたまま、撮影直前まで首から下げていることが多かった。

なんせ、露出はオートだし(考えたらその方が先進的だよな…)、ピント合わせはこんなんだし…↓

ヤシカMF35 

今考えれば何が恥ずかしいのか、って話ですが、そこは中二、一眼レフカメラに比べて劣るカメラを持ってることが、とてつもなく恥ずかしかったのです。

そんな田端駅でのこと。

数名の大人の鉄っちゃんに紛れてホームの先端で目当ての列車を待っていると、一人の人が僕にこう言ったのです。

正確には、「言ってくれた」のです。

「そろそろ列車来るから、カメラ出した方がイイよ~」

と。

普通の助言です。

恐らく、なんの悪気もありません。当たり前です。

しかし、僕は恥ずかしいカメラを持っている、ぐらいの気持ちだったので、そりゃー、ほぼ嫌がらせです。もう、恥辱プレーです。

恐らく、僕はものすごい形相で、

「はい」

とでも答えたことでしょう。

この時の情景は、何故か今でもハッキリと覚えています。

以来、数十年が経過して、今僕は昭和27年辺りに制作されたカメラを使っています。

これと、ヤシカ35MFには共通点がありました。それは、

「電源が無い」

ということです。

当時、僕は、彼の一眼レフカメラなんかより、素早く撮ることに長けたカメラを持っていたハズなのです。ヤシカくん、ごめんなさい。

当時、僕は君のイイところを使おうとせず、むしろ恥ずかしいとすら思っていました。

きっと、近々君を使って、また写真を撮ることになるでしょう。

その時には、是非、ちゃんと、いや、なんとか動いてくれると嬉しいのですが。

 

続く

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