1987年(昭和62年)3月某日、北海道は稚内にて。

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さて。前回、上野駅の地平ホームから北海道に旅立ったという話も入れました。

約30年前の話です。

そこで、その頃のネガをまたしてもひっくり返してみました。

その頃のフィルムを見返して思うのは、今のデジカメを考えると、圧倒的に撮影コマ数が少ない。活動期間を考えれば、思ったよりもフィルム総量が少ないのです。

もちろん、子供でしたらかコストの問題で、余計にそうなります。

大事に撮っていたのですね。

失敗はあるにしても、無駄なカットはあまり見かけません。

「撮ろう!」と思って撮っている写真ばかり。

どうしても、その分濃密な気がしてしまいます。

さて、話を北海道に。

「写真」のこと(偶然というきっかけ)』でも書きましたが、 

当時の北海道内は、夜行列車がまだまだ活躍している時代で、一週間のうち宿に泊まったのは、旭川と釧路の2回。旭川の街中の旅館では、合宿免許の大学生と間違われ、釧路の郊外の民宿では、酔った常連客にからかわれたことと、マグロの刺身が凍ってたことぐらいしか覚えてません。宿のチョイスは最悪でした。

それでも、稚内行きの夜行列車「急行利尻」だったと思います。北海道の真っ暗な原野をひた走る夜行列車から見えた、正に “満点の星空” は、今でも本当にまぶたに焼き付いています。それ以来、何となく、北海道の地は僕の中で聖地といった存在であり続けています。

この、流石に「満点の星空」のカットはありませんが、「急行利尻」は当たりでした。

(当方スキャナーの性能上、またネガ退色のため色が悪いのはご勘弁を…)

「急行利尻」

急行「利尻」

札幌と稚内を宗谷本線を経由して結んでいた急行列車です。

2007年9月に廃止されているようですね。

当時は、写真のような「客車」の夜行がありました。そこで、「満点の星空」を中二の少年は見たわけです。

Wikipediaには、所要時間について「札幌駅 – 稚内駅間を下りは約6時間41分、上りは約7時間55分で結んだ。」とあります。

今考えれば…

なんと贅沢な時間。

そして、到着駅の稚内は妙に覚えています。

駅前では宿泊施設(ま、民宿だの旅館だの)の客引きのような地元のおじさん、おばさんに呼び止められながら、その中を、防寒対策バッチリな中二の男子二人組は、「ノシャップ岬」まで歩いて行きました。

今見ると、結構距離がありますね。

別に、用事なんてありません。

最北端でもなんでも無かったと思います。

ただ、稚内まで来たから、先っぽまで行ってみよう、というだけのことです。

昭和62年3月稚内

これは、その道中、番屋のようなところで撮った写真。

なんだか、健さんが出てきそう。。。(こちらも今は亡きでしたね…合掌…)

昭和62年3月稚内

好きですよ。僕こういう写真(笑)

遠く見えるは「樺太」でしょうか。

そうそう。

そして、ネガを見返していて、もう一つ北海道を聖地化した風景がありました。

それがこれ。

「急行利尻」車内から

急行利尻の客車、最後尾から撮った写真です。

「The 冬の北海道!」

といった感じ。

恐らく、宗谷本線のこの辺なんじゃないかと思います。

寝台急行で眠りに就く時には満点の星空に見守られて。

そして、朝起きると一面の銀世界になっていたのです。

急いで客車の最後尾へ。

で、収めたのがこの写真です。

これが僕の、北海道聖地化体験の一部です。

ん。

やっぱり写真って、楽しい!

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